笑わせる商社マン・N~第三章 仕事は仕事~
その男(仮にNとしておく)は、冒険心が旺盛といえばよいのか、それとも、単に何も考えていないというべきか、とにかく無鉄砲な男である。
読者の方々は既にご承知の通り、Nはシャイナラ・タクシーを愛用している。また、シャイナラ・タクシーの各ドライバーも超優良顧客のNを非常に手厚くもてなす。これは両者の間に長年掛けて築かれた一種の信頼と言えるかもしれない。
しかしながら、実際にはそのような信頼関係はできあがっていないようであった。各ドライバーは単にNを毎日タクシーで帰宅してくれるサラリーマンとしか思っていない。もしあの頃が好景気の真っ只中ならNは乗車拒否されていてもおかしくない。彼の会社のある淀屋橋から自宅のある中津までは、地下鉄の御堂筋線でたった二駅なのである。
ある時、Nの数年先輩の男が深夜にシャイナラ・タクシーを利用したときに、このことを証明するような話をドライバーから聞いた。
「S貿易です。一台お願いします」
「Nさんですね。すぐに配車します」
「いえ、Nではありません。とりあえず一台お願いします」
この男は、Nと間違えられたことに少しムッとしていた。
すぐにタクシーはやって来た。
「いつもお世話になります」
ドライバーがドアを開ける。
車に乗り込むとドライバーが妙なことを言い出した。
「お客さんS貿易の方でしたら、あのー、えーっと、Nさんのことはご存知ですか」
「ムーミンのような格好のNなら私の部門におりますが」
「ムーミンというよりはハナ肇という感じがするのですが・・・」
「たぶん、我々の指している男は同じですよ。それでどうかしましたか」
「いやー、そのー、こう言うと非常に失礼なのですが・・・」
ドライバーは言いにくそうにしている。
「構いませんよ、あいつは持っている辞書に失礼という言葉しかないような男ですから」
Nの先輩としても是々非々で、いや、是が非でも聞き出したくなった。
「いやねー、あの人ねー、臭いんですよ」
「えっ、そうですか」
ドライバーのあまりに意外な発言に一瞬たじろいだ。
「そうなんですよ、足が臭いんですよ。その上、あのお方はすぐに靴を脱ぐんですよ」
と、ドライバーは非常に嫌悪を持った口調で言った。
「こちらも仕事ですから、、、降りてくれとも言えなくて」
ドライバーは続ける。
「それはそれは失礼いたしました」
先輩であるこの男は謝るしかなかった。
その夜、この男はなかなか寝付けなかった。そんなに足の臭い人間がこの世にいるということがどうしても理解できなかったのだ。
Nが住んでいる中津は、会社からタクシーでわずか10分掛かるかどうかという距離である。その間にドライバーを苦しめるほどの異臭を放てるだろうか。
翌朝男が眠い目をこすりながら出社すると既にNも出社していた。何気なく足もとを見ると、朝一番にもかかわらず、確かにドライバーの言うように靴を脱いでいた。Nとは座席の離れている男であるが、その日に限って吸い込まれるようにNに近寄っていった。
すると、男の目は一気に覚めた。そしてその後吐き気を覚えた。
胃の中から込み上げてくるものを抑えながら、男は昨夜のドライバーの言葉を思い出していた。
「タクシーの唯一の利点はドアが自動っていうことですよ。いつもN様が降りられたら、自動ドアをバッタン、バッタンして悪臭を追い放つんですよ・・・」
しかしながら、実際にはそのような信頼関係はできあがっていないようであった。各ドライバーは単にNを毎日タクシーで帰宅してくれるサラリーマンとしか思っていない。もしあの頃が好景気の真っ只中ならNは乗車拒否されていてもおかしくない。彼の会社のある淀屋橋から自宅のある中津までは、地下鉄の御堂筋線でたった二駅なのである。
ある時、Nの数年先輩の男が深夜にシャイナラ・タクシーを利用したときに、このことを証明するような話をドライバーから聞いた。
「S貿易です。一台お願いします」
「Nさんですね。すぐに配車します」
「いえ、Nではありません。とりあえず一台お願いします」
この男は、Nと間違えられたことに少しムッとしていた。
すぐにタクシーはやって来た。
「いつもお世話になります」
ドライバーがドアを開ける。
車に乗り込むとドライバーが妙なことを言い出した。
「お客さんS貿易の方でしたら、あのー、えーっと、Nさんのことはご存知ですか」
「ムーミンのような格好のNなら私の部門におりますが」
「ムーミンというよりはハナ肇という感じがするのですが・・・」
「たぶん、我々の指している男は同じですよ。それでどうかしましたか」
「いやー、そのー、こう言うと非常に失礼なのですが・・・」
ドライバーは言いにくそうにしている。
「構いませんよ、あいつは持っている辞書に失礼という言葉しかないような男ですから」
Nの先輩としても是々非々で、いや、是が非でも聞き出したくなった。
「いやねー、あの人ねー、臭いんですよ」
「えっ、そうですか」
ドライバーのあまりに意外な発言に一瞬たじろいだ。
「そうなんですよ、足が臭いんですよ。その上、あのお方はすぐに靴を脱ぐんですよ」
と、ドライバーは非常に嫌悪を持った口調で言った。
「こちらも仕事ですから、、、降りてくれとも言えなくて」
ドライバーは続ける。
「それはそれは失礼いたしました」
先輩であるこの男は謝るしかなかった。
その夜、この男はなかなか寝付けなかった。そんなに足の臭い人間がこの世にいるということがどうしても理解できなかったのだ。
Nが住んでいる中津は、会社からタクシーでわずか10分掛かるかどうかという距離である。その間にドライバーを苦しめるほどの異臭を放てるだろうか。
翌朝男が眠い目をこすりながら出社すると既にNも出社していた。何気なく足もとを見ると、朝一番にもかかわらず、確かにドライバーの言うように靴を脱いでいた。Nとは座席の離れている男であるが、その日に限って吸い込まれるようにNに近寄っていった。
すると、男の目は一気に覚めた。そしてその後吐き気を覚えた。
胃の中から込み上げてくるものを抑えながら、男は昨夜のドライバーの言葉を思い出していた。
「タクシーの唯一の利点はドアが自動っていうことですよ。いつもN様が降りられたら、自動ドアをバッタン、バッタンして悪臭を追い放つんですよ・・・」
この物語はフィクションであり、登場人物は一切実在の人物とは関係ありません










