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笑わせる商社マン・N~第五章 暇な男~

 その男(仮にNとしておく)は、冒険心が旺盛といえばよいのか、それとも、単に何も考えていないというべきか、とにかく無鉄砲な男である。

 読者の方々は既にご承知の通り、Nは大の近鉄バファローズファンである。この当時、イチローの活躍とともに、ほとんどの関西人が続々とオリックスファンに鞍替えしていくにもかかわらず、Nは頑ななまでに近鉄を応援している。近鉄がNの婚期を遅らせているという噂もあながち否定できない。もっとも、Nの取材を続けている筆者からすると、近鉄とNの婚期には何の関係も無いということはよく分かっているのだが。
 しかしながら、Nは近鉄ファンであると同時に、時に一熱狂的野球ファンでもある側面を我々に見せつけることがある。例えば、Nは野球に関する様々な記録について非常に精通している。知っていても到底意味の無い「プロ野球の振り逃げ王」や「暴投王」等についても詳しい。また、最近は昔と違って、各バッターがバッターボックスに入ると一人一人のヒッティングマーチが演奏される。これについても、Nはセ・パ両リーグ12球団のレギュラークラス全員のヒッティングマーチを歌うことができる。この域に達するのは、日本のプロ野球ファンの中でもN一人ではないかと思われる。

 筆者も『笑わせる商社マン』を執筆するにあたり、精力的にN氏を取材する機会を与えていただいたのだが、一度は広島、そして福岡まで同行させていただくことになった。

 その日(確か1993年の9月の初め頃だったと思う)、筆者は『笑わせる商社マン』の取材メモを自宅で整理していたのだが、夕方になって知人の女性からの電話を受けた。何やら故郷の福岡に帰るので最後に挨拶をしたいとのことだった。筆者は大阪は北の新地にある「O」という焼肉屋を指定し、彼女と会うことにした。
 筆者の話は『笑わせる商社マン』においてどうでもよいことであるので、ここでは筆者とこの女性の関係については特に触れないが、いずれにしてもこの女性が福岡に帰るということが、この長い曲がりくねった話の発端である。
 筆者は長々とこの女性がどうして福岡に帰るに至ったかという、筆者にとってはどうでもよい話を聞かされた後、ふとあるアイデアを思いついた。
 つまり、この年(1993年)に日本では初めての開閉式ドーム球場が福岡に完成していたことを思い出したのだ。筆者としてもこの初年度にこの開閉式ドーム球場に足を運んでみたいと思ったのだ。そして、どうせならNも引っ張り出せば面白いのではと考えた。特にNは国内外を問わず、行く先々で必ず事件を起こしてくれる!!

 早速、焼肉屋「O」に置いてあったスポーツ新聞でスケジュールを確認した(インターネットも携帯電話も無い時代である)。すると、9月25日(土)、26日(日)がダイエー対近鉄の連戦となっていた。週末ならS貿易の仕事ともダブらない、そう考えた筆者は早速Nの事務所に連絡を入れた。既に12時近い時間となっていたが、タクシー会社に包囲網を作らせるだけの人物のことだから、筆者としてもNがまだ事務所にいることは確信していた。
 案の定Nが電話に出た。
「Nさんですか」
「もちろんこんな時間には私以外はいません」
「さすがは仕事の遅いNさん。いつものことですな」
「一言多いぞ、どころで用件は何だ」
 早くもNが苛立っているのが感じ取れた。
「Nさん、9月最後の土曜日と日曜日のご都合はどうですか。実は面白いイベントがあるのですが」
「そんな先のことは分からないねー」
 どこかの俳優の真似かは知らないが、聞いたような口振りをNはした。
「そうですか、実はその週末に福岡ドームでダイエー対近鉄があり、チケットが手に入りそうなんです。多分土曜日の先発は野茂になりそうなのですが・・・」
 筆者の言葉がまだ終わっていないのに、さっきの言葉とは裏腹に、
「行く、行く、行く、行く・・・」
 と、Nは連呼していた。
 やはり、筆者の思ったとおり、Nには先の予定など入っていなかった。


この物語はフィクションであり、登場人物は一切実在の人物とは関係ありません






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