« 笑わせる商社マン・N~第八章 激走~ | メイン | 笑わせる商社マン・N~第十章 めんそ~れ~ »

笑わせる商社マン・N~第九章 失くしてはいけないモノ~

 その男(仮にNとしておく)は、冒険心が旺盛といえばよいのか、それとも、単に何も考えていないというべきか、とにかく無鉄砲な男である。

 その頃西ヨーロッパを担当していたNは、ひょんなことからイギリスで開催される重要な会議に出席することになった。
 この会議は、Nの会社が所属する業界では最大の会議であり、毎年同時期にイギリスの南海岸の保養地で行われることになっている。
 当然のことながら、いくらS貿易のレベルが低いといえども、N一人をこの重要な会議に送り出すまでの低レベルではなかった。この会議には、Nの部の部長が自ら参加する上に、重要取引先であるS化学の部長が三人も出席することになった。つまり、S貿易の部長が一人、S化学の部長が三人、それに、なぜか平社員のNが一人同行するということである。

 会議の詳細はここに記載しても面白くないので省くことにする。

   会議が終了したあと、一行はロンドンで一泊することになった。
 帰国する日の朝、重鎮4人はゴルフにでも行ったのだろうか、早々にホテルをチェックアウトし、Nとは夜にヒースロー空港を出発する東京行きの飛行機内で再会することになっていた。というよりも、4人は、Nのことなどすっかり忘れていたと言った方が正しい。
 Nの部の部長の後藤は、「どうせお前は飛行機の時間までやることがないだろう。ウチの娘の土産でも買っておいてくれ」と前日の就寝前に土産リストをNに渡した。

   さて、Nが目を覚ましたのは正午に近い時間であった。平日にもかかわらず上司も誰もいないロンドンである。気が緩んでいたのかもしれない。
 とりあえず荷物をまとめチェックアウトする準備を始めた。すっかり忘れていたのだが、机の上には部長の娘への土産リストが置いてあった。
 これはまずい、、、早く買いに行かないと全てのモノが調達できない。
 慌てて荷物をまとめたNは、これらのモノが調達できそうな場所をホテルで聞いて、世界有数の高級ブランド通りであるボンド・ストリートに向かった。あまりに慌てていたために自分の荷物を全てカバンに入れたのかどうかもはっきり覚えていない。

 飛行機の時間まであと3時間というところで、どうにかこうにか土産物はすべて調達することができた。
 そのとき、ふとNの頭にあるモノが浮かんできた。
 パスポート。。。
 あれ、パスポートはどこに入れたっけ?
 服のポケットにも、ズボンのポケットにも、カバンの中にも、無い。。。 焦ってあちこちを探したがどこにも無い。挙句の果てに、靴の中まで確認してみたが無かった。その様子を見ていた、地元のセレブ達からずれば、その慌てふためく様はさながら阿波踊りのように見えたに違いない。
 Nは、自分の立ち寄った店などあらゆる場所を探したが、、、やはりどこにも無かった。自分が使ったトイレの個室などは、別の人間が占拠して用を足していたいにもかかわらず、ノックして叩き出すくらいに焦りまくっていたらしい。
 どうしようもないので、S貿易のロンドン駐在員に電話をすると、「そうか、パスポートがないと再発行するまでしばらく帰れないな~。しばらくロンドンでゆっくりしていったら」とノン気に言われてしまった。普通の人間なら「そういうわけには、、、」と、更に焦るところであるが、さすがのNは「そうか、そうしよう」と妙に冷静になり、その日のホテルを考え出したのである。

   飛行機の時間までは1時間を切っており、そもそももう搭乗には間に合わない。
 Nは、一応部長の後藤には飛行機に乗れないことを伝えておこうと考え、日本航空に連絡を入れた。携帯電話が世に出現する5年以上も前の話である。公衆電話から飛行機会社に連絡するくらいしか手がなかった。
 日本航空に電話をすると、Nは落ち着き払って「本日搭乗する後藤というものに『Nは搭乗できない』とだけ伝えてください」と言った。すると、日本航空はさらに落ち着き払って、「要するに、Nさんはキャンセルということですね」と答えたらしい。日本航空からすると、伝言係ではないので、Nが乗るかどうかにしか興味は無く、Nの席が他の人に売れるのであれば売りたいのである。
 「そういうことになりますかな」とNはノン気に返事をした。
 「それでは、搭乗日の変更はされますか」と日本航空。
 「いいえ、いつ帰国できるか判らないので」とN。
 「お仕事大変ですね~」と日本航空。
 「いえいえ、そんなには、、、ちょっとした事情ができましたので」とN。(「ちょっとした事情」ってパスポートをなくしただけやろ-筆者の心の叫びです-)
 「それでは、後藤様への伝言ですが『ちょっとした事情』はお伝えしなくてもよろしいですか」と日本航空。
 さすがに言っておかなくてはまずい、、、と思ったNは、
 「実は、パスポートをなくしまして。。。」と思い切って伝えた。
 「そうですか、それで出国ができないということですね」と日本航空。
 「そういうことになりますかな」とN。(「そういうこと」にしかならんやろ-たびたびすいません、筆者の叫びです-)
 「ひょっとすると、なんとかなるかもしれません。とにかく、空港まで来てもらえませんか」と日本航空。
 「ぎょえ、ホンマでっか。今すぐ行きますっ~」といきなりNは冷静さを失い、本来のNに戻った。

 ボンドストリートでタクシーを捕まえ、運ちゃんに「とにかく急げ」と言ったNは、飛行機の出発時刻の約10分くらい前にヒースロー空港に到着した。国内線でも10分前では乗せてくれないであろう。
 日本航空は、「あなたの身分を保証する人がいれば日本への入国はできます。イギリス側は出て行く人なのでパスポートがなくても出国させてくれます」と事務的に言った。
 「この後藤という人は、あなたの身分を保証してくれますか?」と聞かれたNは、「します、します」と即答した。

 その頃機内では、客室乗務員が「現在出発時刻となっておりますが、あと一人の搭乗をお待ちしております」とアナウンスを繰り返していた。
 後藤は、扉を入ってすぐのところ、つまり客室乗務員と向かい合う形で座っていた。
 「いや~、どこで飛行機に乗っても搭乗時間に遅れるようなドンくさい人は必ずいますね~。ウチの会社の社員やボクの部下なら、殴ってやりますよ、けっけっけ」と客室乗務員と談笑していた。
 、、、と、そこに、Nが汗だくで駆け込んできた。。。
 「なんや、お前か。何しとったんや」と今にも殴り掛からんばかりの形相である。
 「いや~、、、事情はあとでゆっくり説明します」と答えたNは、他の乗客の冷たい視線を浴びながら、自分の席に向かった。

 ロンドンから東京までは12時間である。それまでに、Nは後藤に事態の説明をして保証人になってもらわないといけない。
 ところが、あまりの失態に後藤に言い出すことができず、一方、そのような状況なので、さすがのNでもその12時間もの間一睡もできずに飛行機は成田に到着した。
 成田に到着してからNは気付いたのだが、成田から乗り継いで大阪まで帰るNと4人の一行の入国審査は伊丹で行うということであった。いずれにしても、12時間もの間言い出すことができなかったNにとって、さらに1時間の時間が増えても大した意味は無い。
 再び悶々としたNは、次の飛行機の待合室で4人がビールを飲んで談笑しているところに意を決して飛び込んだ。
 「実は、ワタクシ、パスポートをなくしまして。。。 伊丹の入国審査の際に保証人になっていただきたく。。。」
 それを聞いた後藤は、
 「イヤや」と一言。
 「そっ、そこを何とか。。。」とN。
 「イヤなもんはイヤじゃ」と後藤。
 そのやり取りを聞いていた取引先であるS化学の川崎が、
 「後藤さん、そんなこと言わんと保証人くらいなってやり~な」と合いの手を入れた。
 「ま~、川崎さんに言われたら、イヤとは言えまへんわな」と後藤。
 結局、後藤が保証人になることで一件落着した。
 すると、川崎は、
 「こっちにおる白木、、、こいつも昔パスポートをなくしよってん。オレが空港までこの男を引き取りに行ってやったんや」と昔話を始めた。
 すると、横で話を聞いていた津田が、「ワタシも実は。。。」と言い始めた。
 川崎も白木も津田も、普段から頭が上がらない取引先の重鎮である。そして、これ以来さらに頭が上がらなくなったことは言うまでもない。
 一方、後藤だけは、横を向いてイライラとタバコを吸い続けていた。

 飛行機は予定通り伊丹に到着。
 さすがは日本航空、ロンドンから連絡を受けていた係が待ち構えていた。入国審査に誘導された二人は、言われるがままに書類に記入を始めた。
 「おまえがパスポートをなくさなかったら、今頃タクシーの中なのに。。。」と後藤が呟いていた。。。

(後日談)
 S貿易のNの部では毎週月曜日に朝の会議を行っている。
 前の週の話題を各人が発表するのだが、その週の朝会で、Nはイギリスでの会議の報告をしたあと、「実は、ワタクシ、ロンドンでパスポートをなくしましたが、後藤部長に保証人になっていただいたおかげで無事帰国できました」と追加報告。
 それを聞いた後藤は、「せっかく黙っておいてやろうと思ったのに」と苦笑いしていた。
 一方、Nより数年先輩の辻はこの発言を軽視せず、会議のあとNを会議室に残し、「アホか、お前は。ビジネスマンの基本がなっとらん」と数十分説教したのであった。

(後日談2)
 数年後の朝会のことである。
 Nを締め上げた辻が、「実は、ワタクシ、パリでパスポートを取られまして。。。」と報告。
 その後、Nのところにやってきた辻は、「あの時は悪かった。あの話を聞いていたおかげでパスポートなしで帰国できたよ」と頭をかいていた。

 S貿易の業績を心配するのは、このワタクシだけではないでしょう。。。

この物語はフィクションであり、登場人物は一切実在の人物とは関係ありません

 





トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://panchodeaonori.net/mt/mt-tb.cgi/334

コメントを投稿

現在迷惑コメント多数の為、コメント欄を閉鎖しています。
コメントは、「ぱんちょなあおのり物語」内にある同じタイトルのエントリーにお願いします。

よって、以下のフォームからコメントをいただいた場合は、公開まで少々お時間をいただいております。

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)